· 

①鼻中隔矯正術の手術を決めるまで

 

私はアレルギー性鼻炎があることを

度々紹介して来ましたが

今回手術を覚悟したまでの経緯をざっくりと

まとめておきます

 

10歳位から発症

 

朝起きると鼻水が出る様になったのは

10歳位だったと記憶しています

母もアレルギー性鼻炎でしたので

遺伝だろうと…

 

シーツ類などはこまめに洗濯をしてもらい

お布団も定期的に干したり

当時6畳の子供部屋を与えてもらっていましたが

この頃から掃除機掛けは自分で行っていました

 

偉いねと思われるかも知れませんが

身体が苦しいから(笑)

それだけの理由です

 

中学・高校生・大学生

 

気温が違う場所への移動や

スポーツをしていても

とにかく鼻炎との格闘でした

 

下を向くと鼻水が出る…

思春期の頃はなかなか辛い毎日でした

 

社会人

 

先輩が鼻中隔矯正術を受けたと話して下さいました

調子を聞くと大して変化は無いと・・・

 

この頃には

私も鼻中隔弯曲症であることを

自覚していたのだと思います

 

ただ

手術の効果が薄いと聞いて

結婚前でしたし

そんなリスクを冒してまで…という気持ちが強く

手術には踏み切りませんでした

 

それよりも

当時の私の1番の悩みは

「私、結婚できる???」

でしたから

 

歯並びを良くする歯列矯正に

3年間(27〜30歳)取り組み

そちらにお金を掛けました

 

 

当時の私は旅行も好きで

後輩と沖縄へ行きスキューバーのライセンスを

取りに行ったりしていました

 

ただ

鼻が悪いからでしょうか

左耳の耳抜きが上手く出来なかった様で

海から上がったら耳が聞こえにくくなってしまいました

 

翌朝沖縄の病院へ行くと

中耳炎を起こしているとのこと

なんとか飛行機には乗って兵庫県へ戻り

すぐに「鼓膜切開術」をしてもらいました

 

この時からでしょうか

左耳の奥の方から左後頭部がズキズキ痛むことがあり

これは今もずっと続いています

 

30歳 結婚

 

無事に結婚はできましたが

次に望むことはやはり

赤ちゃんを授かること

 

色んな意味で最優先でしたね

 

34歳〜36歳 レーザー治療

 

効果は数年とは言われていましたが

少しでも楽になればと思い

レーザー治療を2度受けました

 

ただ

2度目の後に出血がひどく

怖くなってやめました

 

37歳 起業

 

赤ちゃんはどうやらやって来なさそうだと感じ

DINKSとして生きて行く覚悟を決めて起業

整理収納アドバイザーとして

ある程度の成果を出し

社会的に認知してもらえることが最優先でした

 

42歳 舌下療法スタート

 

春や秋は花粉症やブタクサなどに反応し

毎年鼻の調子が悪くなっていました

眠れないとか点鼻薬が効かない時には

近所のクリニックを受診していました

 

そこでハッと目に飛び込んだのが

緩やかに2〜3年掛けてダニ・ホコリアレルギーを緩和する

舌下療法

 

これしかない!と思いすぐに治療を開始しました

 

 

45歳 舌下療法が終わる

 

2022年2月

3年半の舌下療法がついに終わりました

 

だけどまだスッキリしない・・・

 

いつもはすごく混み合うクリニックなので

先生にゆっくり相談出来ずに居ましたが

最後の治療の日はビックリする位患者が居らず

鼻中隔弯曲症を治してみたいと申し出ました

 

先生「もう1回鼻の中見せてね。

あ〜かなり骨が曲がってるね。

手術する?紹介状書きましょうか?

今日なら空いてるからすぐに書けますよ」

 

答えは一つ

 

「お願いします」

 

45歳 鼻中隔矯正術+両粘膜下下鼻甲介骨切除術に向けて動き出す

 

紹介状を握りしめ

翌日に総合病院を受診

手術日と通院日を決めて

一歩前に進み始めました

 


次回からは実際の入院や手術体験を

綴って行こうと思います